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運動失調症

はじめに

運動失調症とは

 運動失調は神経症状の1つで、運動麻痺はなく、協調運動が障害された状態です。

 協調運動とは、手と足、目と手など、別々に動く複数の筋肉や関節を目的に沿うように動かして、滑らかで正確な運動を行う能力です。歩く、走る、ジャンプする、ボールを投げる、鉛筆を握るなど、日常生活で行う多くの動作に協調運動が必要です。

 日常的に皆さんが目にする運動失調は、お酒に酔った状態が多いでしょう。呂律が回らなくなり、歩行は千鳥足となり、転倒することもあります。

 運動失調を呈する疾患を運動失調症と言います。この内、脱髄疾患、中毒、血管障害、炎症、腫瘍、感染症など他に原因があるものを除いた慢性進行性の疾患を脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)若しくは脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia:SCA)と呼んでいます。

脊髄小脳変性症の症状(https://www.ataxia.org/what-is-ataxia/

Lack of coordination → 協調運動障害

Eye movement abnormalities → 異常眼球運動や眼振

Trouble eating and swallowing → 嚥下障害

Slurred speech → 不明瞭発話

Tremors → 企図振戦

Deterioration of fine motor skills → 巧緻運動障害

Difficulty walking and poor balance → 平衡機能障害

Gait abnormalities → 歩行障害

Heart problems → 肥大型心筋症(Friedreich失調症)

運動失調症の種類

小脳型運動失調
 小脳そのものの障害と小脳と連絡する神経回路(背側脊髄小脳路や前頭葉、頭頂葉、視床の一部からの経路)の障害で運動失調を生じます。原因は様々で、症状が一側性のときは脳血管障害や脳腫瘍が疑われます。症状が両側性のときは変性疾患、中毒、代謝異常などが疑われます。
後索型運動失調
 脊髄後索病変のため深部感覚が障害されることによって四肢や体幹に運動失調が生じます。後索以外でも、脊髄後根、末梢神経、頭頂葉や視床障害の一部でも同様の運動失調症を生じます。視覚の代償がなくなると運動失調が悪化する特徴があります。代表的な疾患は神経梅毒による脊髄瘻です。

脊髄小脳変性症の原因

 脊髄小脳変性症は遺伝するもの(遺伝性)と遺伝が関係ないもの(弧発性)に分けられます。日本では脊髄小脳変性症の約7割が弧発性と言われています。

遺伝性脊髄小脳変性症

 遺伝性脊髄小脳変性症は、常染色体顕性遺伝(常染色体優性遺伝)、常染色体潜性遺伝(常染色体劣性遺伝)、X連鎖性遺伝、ミトコンドリア遺伝などに分類されます。遺伝性脊髄小脳変性症の頻度は国によって異なりますが、日本では遺伝性脊髄小脳変性症の9割以上が常染色体顕性遺伝(常染色体優性遺伝)で、病型別ではspinocerebellar ataxia 3/Machado-Joseph disease(SCA3/MJD)、spinocerebellar ataxia 6(SCA6)、spinocerebellar ataxia 31(SCA31)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(Dentatorubral-pallidoluysian atrophy:DRPLA)の頻度が高く、この4病型で7割〜8割を占めると言われています。日本以外で例えばフランスでは、SCA3/MJDが2割、SCA2が1割、次いでSCA1の順と報告されています。

 遺伝子座若しくは遺伝子が見つけられた順に顕性(優性)はSCA1から、潜性(劣性)はSCAR2から番号が振られています。2023年時点で顕性(優性)はSCA50まで、潜性(劣性)はSCAR33まで見つかっています(https://omim.org/)。番号ではなく、Friedreich失調症(FRDA)や歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(Dentatorubral-pallidoluysian atrophy:DRPLA)のように、病名で登録されている場合もあります。SCA3はMachado-Joseph disease(MJD)と言う病名と番号が併用されています。

 最近の話題としては、1994年に遺伝子座が第16番染色体長腕にあることが報告されて以来、長らく原因遺伝子が不明だったspinocerebellar ataxia 4(SCA4)について、2024年の論文でWallenius, J.らがスウェーデンの5家系について検討した結果、これまで家族性心房細動の感受性遺伝子として知られていたZFHX3と言う遺伝子の第10番エクソンにあるGGCの繰り返しが異常伸張していることを報告しました(Am. J. Hum. Genet. 111: 1-14, 2024.)。健常者はGGCの繰り返しが14回〜26回で、SCA4を発症した患者さんでは42回〜74回の繰り返しが認められました。CAGがコードするグルタミンが異常に増えるポリグルタミン病は、ハンチントン病、脊髄小脳変性症(SCA1、SCA2、SCA3、DRPLAほか)、球脊髄性筋萎縮症など数多く見つかっていましたが、GGCがコードするグリシンの異常伸張による病気は5’非翻訳領域の伸張による病気だけでした。SCA4が翻訳領域のポリグリシン病であることが判明し、病態解明や治療に繋がる研究がさらに発展することが期待されます。

SCA14の脳MRI(Ann. Neurol. 48: 156-163, 2000.)

弧発性脊髄小脳変性症

 弧発性脊髄小脳変性症の約7割は多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)で、残りは皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy:CCA)と分類されています。

多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)

 多系統萎縮症は、もともと運動失調症状を主体とするオリーブ橋小脳変性症(olivopontocerebellar atrophy:OPCA)、パーキンソン症状を主体とする線条体黒質変性症(striatenigral degeneration:SND)、自律神経症状を主体とするシャイ・ドレーガー症候群(Shy-Drager syndrome:SDS)に分類されていました。しかし1990年代後半に、これらの疾患に共通してオリゴデンドログリア内にαシヌクレイン陽性の封入体が認められることが判明し、多系統萎縮症としてまとめられました。それぞれの病名については、オリーブ橋小脳変性症はMSA-C、線条体黒質変性症はMSA-P、シャイ・ドレーガー症候群はMSA-Aと分類し直されました。ただ、その後の検討でシャイ・ドレーガー症候群を独立した疾患とすることに疑問が呈され、現在はMSA-CとMSA-Pの2病型に分けられています。

 多系統萎縮症の頻度も国によって異なり、日本では約7割がMSA-Cで約3割がMSA-Pですが、欧米ではMSA-Pが約8割を占めると言われています。さらに、日本人の多系統萎縮症では約9%にコエンザイムQ10合成酵素遺伝子の変異が同定されました。

皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy:CCA)

 成人発症、進行が非常にゆっくり、症状が小脳型運動失調のみで、家族歴がなく、運動失調を呈する他の病気が除外されるものを皮質性小脳萎縮症としています。

 皮質性小脳萎縮症は、晩発性皮質性小脳萎縮症 (late cortical cerebellar atrophy:LCCA)や晩発性小脳失調症(late-onset cerebellar ataxia:LOCA)と呼ばれることもあり、様々な疾患が含まれている可能性も出てきたため、特発性小脳失調症(idiopathic cerebellar ataxia:IDCA)と言う呼称が提唱されています。

二次性(続発性)運動失調症の原因

 二次性(続発性)運動失調症では、原因物質を避けたり、不足しているものを補充したりなど、原疾患の治療を優先します。

脊髄小脳変性症について日本で保険適用となっているのは以下の薬剤です。

点滴
ヒルトニン(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、thyrotropin releasing hormone:TRH)
内服
セレジスト(TRHの誘導体、一般名:タルチレリン水和物)

その他

リハビリテーション
集中リハビリテーション(4週間、連日1〜2時間のリハビリテーション)によって歩行やADLの改善が見られます。また、毎日20分以上の自主練習によるバランス訓練も歩行改善に効果が認められています。
反復経頭蓋磁気刺激(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation:rTMS)
円形刺激コイルで小脳を刺激します。
生活での工夫
安全な環境作りと運動や体操も大切です。
遺伝子治療
動物実験では効果を示すものもみられますが、まだヒトに応用されるものはありません。

福祉サービス

難病の患者に対する医療等に関する法律

 脊髄小脳変性症や多系統萎縮症で障害がある一定程度以上の場合は「難病の患者に対する医療等に関する法律」による特定医療費の支給を受けられます。同法第六条に定められた医師の診断書を添えて申請します。

障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律

 平成25年に施行された「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」では、障害者の定義に難病等が追加されたため、身体障害者手帳を持っていなくてもサービスを利用出来るようになりました。具体的には、介護給付を介して居宅介護、重度訪問介護、同行援護、ショートステイ、施設入所などの支援を受けられます。また、訓練等給付として、自立訓練、就労移行支援、就労継続支援、グループホームなどの支援を受けられるほか、自立支援医療や補装具などの給付も受けられます。

身体障害者福祉法

 心身の障害がある一定程度以上の場合は「身体障害者福祉法」によるサービスが受けられます。同法第十五条で指定された医師の診断書を添えて身体障害者手帳の交付を申請します。

国民年金法・厚生年金保険法

 年金を納付していると障害基礎年金を受け取る資格が生じます。加入先によっては、障害基礎年金に加えて障害厚生年金も受け取れる場合があります。脊髄小脳変性症や多系統萎縮症として初めて病院にかかった日から1年6ヶ月を経過すると申請できるようになります。

まとめ

 運動失調症は多様な原因によって引き起こされる疾病で、具体的な症状や原因、治療、日常生活での対策を理解し、それぞれに適したサポートを行うことが大切です。